集中力、脳の省力化への投資

何を得て、何を捨てるか。
我々がただ生きているだけで得るものは多い
しかし、その中にある必須なものはほんの少しだ。

容赦無く入ってくる、光、音、熱、気配、情報、感情。
脳が遮断してくれなければ意識は平常を保てないだろう。
動物であれば穴に隠れて腹が減った時だけ出てくればいい。だが人間はそうはいかない。
あまり効果が得られなくとも、いつもと同じようなことを繰り返すのが自然な振る舞いとされている。

子供の頃は誰にでもできた過集中

親に夕飯だと呼ばれても一向に作業を止めようとしないのが子供である。LEGO、ミニ四駆、テレビゲーム、よほど腹が減らない限りずっと続けていたものだ。
大人になってもその集中力を持ち続けている人は羨ましい。才能なのか、親の育て方によほど先見性があったか。
過集中が悪とされるような世相もあるが、いずれそんな倫理や道徳も移り変わっていくだろう。

耳栓の助けを借りる

日常生活の中で耳栓を使用する機会はなかった、だが飛行機の機内で着用すると快適だと知りAirPodsを手に入れた。
実際に快適だった。機内はエンジン音や空調がずっとなっている。なり続けているから気にならなくなるのだがなり止んではないのだ。脳が一生懸命情報を切り捨てている。
知らぬ間に疲れる、睡眠の邪魔にもなる。時差がある地区へフライトするには重要な要素である。

アクティブノイズキャンセリングは不快に感じる人もいるそうだが、私は気にならなかった。iPhoneやmacの音声とシームレスにつながり便利である。こうしてappleの親和性の高さにハマっていくのだ。

一点気になるところは鉄粉が付いてしまうこと。仕事柄金属の細かい粒子が身近にある、ズボンのポケットにも鉄粉が溜まる。それがAirPods本体やケースの磁力に集まってしまう。壊れてしまうのではヒヤヒヤしている。

そんな場所ではアナログを

loop earplugs の評判が良さそうだ。遮音レベルもいくつか選択できるようになっている。
デシベルで表記されても今の周りの音がどの程度小さくなるのかイメージがつかない。不便な単位である。それはさておき、耳栓なのだからしっかり遮音しないと価値がない、などと言っている間にポチってしまった。近々、24dbの差を体験できることになった。

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